学校の勉強は将来役に立つか否か?

「学校の勉強は将来役に立つの?」という誰もが一度は通る悩みに天才作曲家モーツァルトが答える。 シナリオ仕立てのクラシック音楽コンサート
さくらは「勉強なんてヴァイオリン奏者になる私にはなんの役にも立たないのに何故こんなに勉強しなくてはいけないのか?」など高校生が一度は考えたことがある様なことを悩んでおり、こうした悩みにモーツァルトが独自の方法で彼女の悩みに答えていくハートフル・コメディ。
http://www.dreamnews.jp/press/0000158067/

前回投稿で学校の勉強は役立つと書きましたが、音楽家など芸術やアスリートやスポーツの世界でも学校の勉強は役立ちます。
真矢ミキが高等学校卒業程度認定試験を53歳で受験

真矢ミキ、高校認定試験の受験を終えて「疲れました 緊張しました」 女優の真矢ミキ(53)が3日、自身のブログを更新。かねてより高等学校卒業程...
一流芸術家や一流アスリートと呼ばれる方々は知っていると思いますし、大学にはスポーツ工学や芸術工学を学べる学部がある大学も在ります。
例えば野球やサッカーなどの球技では、どの角度と速度でボールに対し接触すれば良いかを瞬時に判断し実行するスポーツです。それを考えなしにする事は出来ません。天才と呼ばれる方々も無意識のうちに行っています。
空手や柔道など格闘技も同じで、どの角度と速度で入れば良いかを瞬時に判断して手や足を出すのです。やはり考えなしでは難しく、何度も練習を繰り返す事で無意識に体が動く様にしているのです。
体操競技などは殆ど計算尽くしであり、ボートやヨット、スキーやスノーボードなどは自然現象を含めた上での計算となります。
プレーヤー自身だけでなく専任コーチが居るのも特徴的です。
学問として学んだ方を招聘する事で効率的な練習を行う事が可能となるのですね。
ですから名選手名監督に非ずという言葉が出来たのでしょう。
要はプレーヤーは感覚でしか説明出来ず、具体的な方法を教える事が出来る人と出来ない人が居るのです。
これらは芸術にも言える事ですが、異なる点が幾つか在ります。
それは美的感覚と言うモノです。
デザインなどブランディングを主とするならば学問となりますが、感覚的な事は前述の通り教えることは難しく、ましてや芸術家は他人の感情よりも自身の感情を表現する事が多いので尚更です。
しかし冒頭記事の様な楽器においては勉強が役立ちます。
ヴァイオリンは保管が難しく、ピアノは調律が難しく、それぞれ専任の方が居る場合が多く、音響効果を考える事も建築や設計など様々な事を勉強しなければなりません。
先ず音がどこからどの様に出て居るのか、弦に対して弓の角度で音がどの様に変わるのか、指の角度でどの様に変化が有るのかも全て基礎的な勉強が有るからこそです。
音程やリズムによって聴衆や観衆に与える印象も学校での勉強を含めた生活があったから表現出来るのです。何も考えず何もない人に表現する事は難しいでしょう。
これらは音楽に限った事ではなく絵画やイラスト、デザインなどにも通じる事柄であり、他人からの評価が高いと言う事は、自身の作品が客観視出来ていると考えられます。
要はマーケティングが出来ているのです。
お笑い芸人の方々も、日々こうしたら面白いのではないか?笑えるのではないか?と仮定をし実行する。ダメなら何故ダメなのかを検証しつつ次の仮説をたて実行に移すの連続です。
時事ネタにしろ一般社会での談笑ネタにしろ、例え話やあるあるネタにしろ、全て観客が一般的な学力が有ると仮定しています。
いちいち国語算数理科社会と考えるから必要ないとなってしまいますから、無意識に勉強する癖を付けておくと非常に良い結果を生むでしょう。